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オランダ、ゼニス(Zenith)社の磁器製パイプを去年の暮れにオランダで仕入れました。現存するパイプメーカーでは世界最古で創業1749年(この頃はまだ木のパイプは存在していませんでした)、パイプ内部に空洞があり、煙が口に運ばれて来る前にそこで対流するように作られています。新品のときは写真にあるように真っ白ですが、吸い込んでいくと渋い茶色へと変化していきます。中々良いパイプです。私も長年愛用しています。普通の木のパイプと使用する上での違いは一つ、パイプ・ボール(タバコを入れる部分)の穴が真下にあると言うこと。これも直ぐになれて来ます。手入れは至って簡単、ブレークインも必要なしで、水洗いもオッケーです。ご興味おありの方はご来店、もしくはお電話下さい。
まだ痛風で唸っておりますが、私の場合左の足首に発症することが多いです。これには多分理由があり、二十歳の頃バイク事故で左足を痛めてから左足首が弱いんですね。痛風は弱い部分に出るらしいです。
今から三十年ほど前、アイルランドのダブリンに住んでおりました。気候が寒いせいか、事故で痛めた左足首が何時も硬くて歩き難かったのです。当時のガールフレンドがダブリン郊外の教会にどんな病気でも手をかざして治す、ジョージという男が居ると何処からか聞きつけて来ました。ある日二人でその小さな教会を訪ねると、ジャージを着たがたいの良い40後半くらいの男がいました。既にたくさんの人が彼の治療を受けるために教会の椅子に座って待っており、彼の側ではシスターが助手として待機しています。時折、彼を崇めるような感じの合唱のようなものが聞こえて来て、誰かが彼の名前をゆっくりと連呼しています。彼は手をかざすだけで癌も治すと言う噂で、空手か柔道が十段と言う話しでした。僕の彼女は大学の研究者で至って理性派、僕を連れて行ったのにそんな諸々の噂はどれも信じておらず、いよいよ僕たちの番が来て、座って待っていたところから少しだけ歩いて彼の前に二人揃って着席したのです。最初に彼は僕を見ると一言、君は左足を事故で痛めてるね。僕の当時の歩きかたは今と左程は変わりません。先ずこの一言、彼の観察力にびっくり。彼女は彼がイカサマであることを証明するために彼のする質問にわざと嘘をついてみたりして、僕の横で彼の「奇跡」の力の真偽を暴こうとしていました。彼は僕の前に座り確か左手をそっと、本当にそっとぼくの左膝に置くと、(怪我に関係のない)幾つか取り留めもない質問を僕にしました。その時間一、二分だったでしょうか。僕は何時になったら患部に触ってくれるのだろうかと思いながら彼と話していました。そして彼は私にこう言ったのです、はいもう(治療は)終わったよ、と。そしてその席を立ち歩くと何とも左足の軽いこと。それは丸で事故に遭う前のようで、歩くときの足首の柔軟さは長い間感じたことのないものでした。その効果は一ヶ月かそれ以上もちました。その後左足首はまた同じ状態に戻ったのですが、それは何とも不思議な体験でした。ジョージ。忘れられない名前です。
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痛風(gout)が56回目の誕生日目前の僕にお祝いにやって来てくれて、お陰で誕生日の4月9日は痛風の痛みに苦しむ目出たい日となりました。7日の土曜日が最悪の日で一歩も歩けず自宅の布団の上でただ呻いておりました。激痛からくる疲労でとにかく長時間寝ます。よって夢を沢山見ながらも夜中に這いずりながらお手洗いに起き、また悶々として何時の間にか寝る、の繰り返しです。人は見る夢の何割くらいを記憶しているのだろう、とか、人間には何故夜があるのか、とか日頃余り考えないことを考えながら唸っておりました。何故夜があるのか、もちろん地球の自転ですが、人間には闇の時間が重要だと思うんですよね。それを現代社会は闇を駆逐するのにいまだ躍起となっていますし、夜の暗さをしっかりと体で感じるって大切だと思います。小学校で最近はお金の使い方の教育とか英会話とかが重要視されていますが、夜の暗さについて学ぶことのほうが大切だと思います。寝ても覚めても中毒のようにブルーライトを浴び続けている日本人の未来こそ「暗い」ですよね。闇の排除と過度の利便性のなかで異常な日常を生きざるを得ない現代社会はどうやったら変えられるのでしょうか?
と、グチっぽい私ですが、写真は誕生日に私たちで作る冊子『そらあるき』のメンバーが持って来てくれた特注バースデーケーキを手にする私です。(毎年同じ感じの写真ですみません・・) 
本当はオランダの陶器のパイプについて書くつもりでしたが今日はちょっと気力不足で、、また次回にします。すみません!
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5月5日(土)〜6月2日(土)の四週間、イギリス仕入れで休みます。
3月21日(水)は午後1時から6時まで開けます。
3月29日(木)はお休みさせて頂きます。

最近撮った写真がないので、去年の秋に撮ったオランダの写真を載せました。左はスキポール空港に置かれていた水飲み器。ペットボトルにも水が入れ易いように配慮されているのがオランダらしいと思いました。真ん中はライツェ広場の近くにあるカフェ・デ・バリの二階。右は運河沿いにあったギャラリー(?)の窓。どの写真もオランダらしさがとても感じられます。
アムステルダム、今でも大好きな街ですね、15年ほど前は好きでこの街によく通ってました。今はその熱はスコットランドのエジンバラに移ったようで、エジンバラには少なくとも年に一回は行かないとどうも調子が悪い、と言った感じです。エジンバラは何時か住みたいと思っています。十年後かもう少し先でスコットランドかアイルランドにもう一度住みたいと思っています。僕は二十代の十年間は沖縄とアイルランドに住んでいて、日本本土からは離れていたのですが、60代は無理そうなので、70代の十年は日本を離れるのも良いかなと本気で思っています。人生の終わりのほうに差し掛かり、もう一度日本を離れるのも良いかな、いや、離れたいと最近感じています。元々日本には余り執着はないので、まああるとすれば、和菓子ですね。アイルランドに居た頃も桜餅が死ぬほど食べたくて、桜餅のことを考え出すと寝られないんですよ。それを当時教えていた日本人学校のご父兄のかたに話したら生徒さんのお母さまが桜餅を僕のために作ってくれたことがありました。確か某製薬会社の支店長の奥様でしたか、、。それともう一つ心配していたのが日本語を殆ど話さなかったので、いやぁ、これだけ日本語を話さないと日本語で冗談を言えなくなるのではないか、と本気で心配してました。まあ気を揉んだと言えばその二つくらいでしたかね。ロンドンやイングランドには住みたいとは思いません。住むならケルトの地、スコットランドかアイルランドですね。オーブンでパンを焼く生活をもう一度したいものです。ロンドンではなくてエジンバラなのは、僕が金沢よりも能登半島が好きなのと同じ理由ですかね。
まあそれまでは日本で頑張って暮らして70歳になったら日本脱出したいと思います。老境を迎えて枯れるのではなく、もう一度新しいことに挑戦したいと思いますし、そんな人間でありたい、と。
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フェルメールでも扱っている木口木版画の作家、柴田優子さんが2月20日(火)〜3月4日(日)の間、渋谷区恵比寿のギャラリー・まぁる(Malle)で個展をされます。今回は室生犀星の「叙情小曲集」がテーマらしいです(右の写真)。左と真ん中の写真は当店で販売している少し前の作品です。お時間ある方は是非いらして下さい。とても良い作家です、と言うと月並みな言い方ですが、ポエジーと知性を備えたとても良い表現者だと思います。まだ若いのでこれからが楽しみです。
パソコンを使う日を週二、三回に減らそうと思っています。緊急のメール以外は決められた日にまとめて返信して、検索もそれ以外の日にはしない、と決めました。理由は単純でパソコン等に触ると眼というか神経が疲れて、結果好きな本が読めなくなるからです。自分の部屋だけでも読めずにいる本が沢山あり、そんなことにもお構いなしに本を買い続けているので、未読の本は増えるばかり。検索と言うものも何処か中毒性があるようで、昨日行ったレストランが美味しくってぇ、、検索、この作家知ってるぅ、はい検索、安くていいスピーカー探してるんだよね、、そしてまた検索、、と何でもかんでも次々と検索のネタになるわけで、これもまあ検索中毒ですね。いったん家に帰るとネット環境は何もないので読書のときの調べ物は重たい広辞林で調べるしかなく、それに載っていなければお手上げ、と言う状態。まあそれもいいかなと、、。
先日店のドアの前のアスファルトに小さなヤモリが死んだように横たわっていました。落雪と共に何処からか落ちて来たのか、そっと触ると微かにしっぽを動かすので死んでないようで、そのままだと誰かに踏まれるのでそっと店の側の花壇の中に移しました。それからそのヤモリのことが時々気になるのでしゃがんで花壇を覗き込み、あっ、まだそのままでいるなぁ、とヤモリが動いていないのを確認するのが最近の密かな愉しみです。今日も後でヤモリを覗いてみようと思います。
では皆さんお元気で。雪の融け始めた金沢より、、。
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2月2日(金)〜5日(月)の4日間お休みします。前回このページで書きました、目白のアンティーク・フェアーに出店するためです。会場が小さいのでそんなにたくさんの物は持って行けませんが、どちらかと言うとマニアックで変わった物を持って行こうかと思っております。グラスも幾つかは珍しい物を持って行けると思います。それと古代物も少しだけ、、。後はシルバーのカトラリー、陶磁器の変わった物、嗅ぎ煙草入れ、など、、。久しぶりのフェアーですが、気負わず、いつも通りの気持ちでやらせて頂こうと思っています。
写真にあるように、まあ雪がよく降りました。金沢で60センチを超えたらしいです。私も久しぶりに車が雪道にはまってしまい全く動けなくなり大変でした。夜十時の暗い裏道で一人スコップで雪を掻いて途方に暮れているところを30才くらいの青年が通りがかり、家からスコップを持って来てくれて手伝ってくれました。彼の献身的な働きと的確なアドバイスで深く雪にのめり込んだ愛車を救うことが出来ました。本当に有り難かったです。彼が最初に私の車の側を通りがかった時、私はタイヤの周りにある重くて硬い雪をスコップで刺すようにして突き崩しながら一人凍えるように格闘していたのですが(と、書きましたが実際に雪を掻いているときは凍えるどころか必死なので汗をとてもかきます)、彼は私に、ハマったのですか、と小声で訊くと何か言い残して歩き去って行き、数分もしないうちに手に大きなスコップを持って現れてくれました。私が嬉しさのあまり、90度くらいの丁寧なお辞儀をしてお礼を言うと、彼は一言、これは見過ごせませんよ、と小声で言いました。その時既に40分以上の雪との格闘が続いていたので、なんとも嬉しかったことか。
無事に自分の車を駐車場に入れて自宅に帰ろうとしていたときに、知り合いの女性とすれ違い、軽く挨拶を交わした後にその女性が戻って来て、彼女の友人の車が雪で動けなくなっているので助けてくれないか、と言うのです。自分の車のことが終わったばかりでかなり疲れていましたが、今度は自分が助ける番かなとも思い、スコップ片手に現場に向かいました。雪で埋まった細い道に大きめのバンが沈むように動けなくなっていました。四人ぐらいで救出作業をしているときに、30才くらいのアフロヘアーのような髪型の青年と茶髪の女の子がそこを通りがかり、その状況を見かねて手伝ってくれました。そうですね、一時間以上その彼は雪を掻いたり、若干パニック状態の運転手の男にハンドルの切りかた等の指図をそれは丁寧にこなし、車と壁の間の人がやっと入れるか入れないかくらいの狭いところに上手く体を入れてスコップで雪を取り除いたり、嫌がったりイライラするでもなく献身的に働いてくれ、最後にはタイヤの下に敷いていた布切れやダンボールが雪に汚れて埋もれていたのを誰よりも早く進んで片付けてしまい、彼に比べて役立たずの私は彼の美しい働き振りに感動に近い感心をするしかなかったのです。その間、一緒に居た彼女は嫌がるでもなく優しい笑顔で状況を見守っていました。一見、失礼ながら軽い感じのカップルだったのですが、人は見掛けによらないとはまさにこのお二人のこと。本当に彼の働き振りには驚きました。
そして翌朝、自宅から裏道を歩いて店に向かっていると降り積もった雪の中、70歳くらいのご夫婦が車の中で動けなくなり、立ち往生しながらもやたらとアクセルを吹かし前進突破を試みていました。ああまたか、、と思いながらも見過ごす訳にもいかず、しばし手伝ったのですが、私が車のボンネットのところに両手を当てて前から車を押しているときに何とその男性は今までバックに入れていたギアーを突然ドライブギアーに入れてアクセルを踏んだのです。一瞬の出来事で咄嗟に何とか避けきれましたが、そうでなければ私は車に突き飛ばされていました。このおじさんのいきなりの「逆走」に私が怒ると、何とも他人事のように、あぁごめんごめん、と言うばかり。全く呆れました。申し訳ないけど、次からは雪に嵌った老人の車は押さないことにします、多分。
そんなこんなで何とも疲れたのですが、人を見かけで判断してはいけない、人は長生きしているからといってその分余計に学んでいるとは限らない、そんな当たり前のことを再認識した雪の日でした。