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今回の仕入れも全部で四週間の長さで、その間に色んな所に行きます。初めての街を訪れてみたり、今まで知らなかった新しいアンティークの市に行ってみたり、またそこでささやかな出会いがあったりで本当に色んな人に会います。そこで小さく開いた穴が少しずつ大きくなっていく如く、そこから付き合いが始まり仲良くなっていく人もいます。自分も性格に癖があるほうでしょうが、アンティーク・ディーラーと言うのは大体皆んな多かれ少なかれ一癖あって変わった人が多いものです。その一癖二癖ある者同士が付き合っていく訳ですから、中々難しくもあり、相性の良し悪しも重要なのです。気性の激しい人も多いですし、まあどちらかと言うと「普通の人」になれなかったとでも言うのか、普通の社会から(若干)あぶれてしまった感じの人がポツポツいるのです(注・今はイギリス人のアンティーク・ディーラーに限って話しています)。社会の中心では無く周縁部にいる人たちですねどちらかと言うと。アンティークって、それを作った人も使っていた人も遠い過去に死んでいますし、それを所有していた人が死ぬとまた新たにそれが市場に出て来ると言う、何処までも「死」の影が付き纏うのです。アンティークの物自体は美しいのですが、それらが動く時には人の死が関係していることが割とある。
ある意味過去を背負った物を扱う仕事ですから、扱う人たちもその物が背負っている「過去」に染まっていくのでしょうか。変な仕事だと思います。だから変な人が多いんですかねアンティーク・ディーラーには。
そろそろ仕入れの旅も後半に入って来ますね、疲れを溜めないようにして楽しみながら淡々とかつ慎重に行きたいと思います。
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左の写真はMarks&Spencerのサンド、ブリーチーズとグレープにブラウンブレッド。この組み合わせがとても美味しいんです。真ん中は友人の庭を歩いていたときに撮ったもの、大きな庭で5エーカーもあり、中に小川が流れていて大木の上に自作の小屋があったりする信じられないくらい贅沢なもの。最後はWaitroseに自炊の食材を買いに行った帰りにたまたま通った暗い上り坂。何の共通点も無い写真ですみません。
ロンドンで毎日地下鉄に乗ってると、そうですね、スマートフォンを弄ってる人三割、新聞や本を読む人二割、話してる人が二割で、残りの人は一人で何処か覚束ないほうを向いては物思いに耽っていたりします。人が他人の姿が映り込んでるだけの窓ガラスのほうをじっと見つめるように何か考えている。こんなとき人の顔は時に言いようもなく美しいんです。自分は車内で手すりにつかまって立っている時、何気ない振りを装ってそんな美しい顔を探すのがロンドンでの密かな楽しみです。
何故日本からそんな車内風景が消えってしまったのか。そんなことも考えずにただただ彼らの美しい顔を盗み見ています。
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英語に 'spontaneous' という言葉があります。手持ちの携帯サイズの辞書で見ると、自然発生的な、自発的な、のびのびした、などの訳語が載っています。左の写真はエジンバラの待ち合い室で撮ったものですが、そこを行き交う人が自立して自由なオーラを纏い、かつエネルギーに満ちているのを感じながら、何となくもこの言葉 'spontaneous' が思い出され、あぁ、自分が日本(金沢)に居ると欲しくて得られないモノはこれだったんだな、と深く自覚したのです。
ロンドンでも何処でもみんなよく話して笑っていますね、スーパーの店員さん、駅員さん、交差点で立ち止まる人、列車のコンパートメントで偶然に向かい合って座った二人。みんな今そこに居るその偶然を楽しんでいて、それを見ているのが楽しいし、そんな自発性に満ちたやり取りを側から眺めているだけでこちらは楽しくなってしまう、のです。
こちらに来る直前の一ヶ月余、元気がありませんでしたが、今の日本の硬直した( rigid)感じ、雰囲気に自分の心もヤラレテいたのかな、と思った次第です。しかしこちらの駅員さんや店員さん、あんなに楽しそうに無駄話ばかりして、日本だったら怒られて大変なことになりますね。真ん中の写真はヨークで撮ったのですが、蒸気機関車の運転士がお客と話し込んでいますが、日本だったらもっと神妙にして座ってないと色々とあることないこと理由をつけられて上司に怒られますね。
無駄話はきっと心の薬なんだと思います、特に知らない人と交わすやつは特効薬だと思いますよ。
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すみません、明日の5/7火)お休みします。次の日からは四週間の仕入れです。6月の10日から12日の三日間もお休みします。すみません休みばかりで。イギリスで頑張って仕入れて来ます。今回は早くイギリスに行って彼方の空気を吸いたい気分です。どこか自分も疲れているのかもしれません自分の気付かない深いところで。金沢は観光するには素敵で良い街ですし魅力的な場所だと思いますが、僕にとってはずっと住んでいるとなんかちょっと重たいんです。ここの人が、権力や権威が好きだとか、ヒエラルキーの強い社会だとか、ユーモアのセンスが全くないとか、幾つか理由は考えられます。そう書いてふと思ったのは、そうですね、僕はユーモアに飢えているのかもしれません。特に街中の人との何気ないやり取りの中で交わされる機敏なユーモア。それがまあビタミンとすれば「ビタミンHm」が不足してるのかもしれません。衰退してるとはいえユーモア大国のイギリスではそれは日常会話の修飾語の如くに必ず会話に付随するものですから。
可笑しいことを言い合って笑うってとても大切なことだと思います。
写真は満開直後の枝垂れ桜の下でひっそりと咲いていたタンポポです。こういう予期せぬ何気ない花が好きです。
では皆さんお元気で。次回はこのページでロンドンからお伝えします。
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店の二階の部屋を整理していたら古い写真が出て来ました。前回「顔」のことを書いたので、美しい顔の写真を2枚ほど。左は20年近く前に撮った写真、恐らくシンガポールの空港だったかな、カメラを渡されて写真を撮るように頼まれて、なんとも素敵な家族だったので自分のカメラでも撮らせてもらった。そんな記憶があります。一番下の女の子の瞳の輝き。もう今頃は大人になっていますね、今も彼女の瞳は同じ輝きをしているでしょうか。右の写真は30年前にアイルランドで撮ったもの、アイルランドに渡って間もない頃カメラ片手にダブリンの比較的貧しい地区を歩いていたらこの写真の女の子たちが3人ほど近づいて来て、この女の子はポシェットから皺くちゃのお札を一枚取り出して僕に屈託ない笑みで差し出すと、写真を撮ってくれ、と言うのです。勿論のことお金は受け取らずに写真を撮ってあげました。本当に可愛い顔ですね。写真をその後手渡すことはなかったですが、アイルランドに渡った直後の自分が淋しかった頃が重ねて思い出される写真でもあります。でも、本当に可愛い顔ですね、今頃彼女も30半ばですかね。もし叶うことなら会って写真を手渡したいくらいですが、アイルランドの若い人は国外に出て行く人も多いので、今頃オーストラリアかアメリカにでもいるのかもしれません。