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先週末は一泊でエジンバラに行きました。友人の家に夕食に招かれていたのですが、少し早くエジンバラに着いてしまい、途中たまたま見つけたカフェに入りました。'Artisan Roast' と言う名前の小さな店。店の前の手摺りにもたれ掛かり立ってコーヒーを飲んでいる人が居たり、外から覗く何処か自由な雰囲気に惹かれたのでしょうか。中に入ると結構混んでいて椅子は空いてません。30代くらいのスマートな感じの中にも何処か気さくさのある男性が二人でやっている店。奥にも部屋があるようで、僕は指差しながら、そこでも飲めるのかと訊くと、勿論ですよどうぞどうぞ、と言われ奥の部屋に。昔アイルランドのダブリンに住んでいた頃によく行ったような空気感漂う空間がそこにはあり、二十代後半のあの頃の自分が急にふつふつと蘇ってきて不思議な気分。三十年近く経っていても懐かしさという感情はいとも簡単に甦るんですね、自分が歳をとっているのも忘れるほどに。
オシャレな空間のようでいて、何処となく手を抜いていて投げやりのようにも見え、速く飲むもの飲ませてお客を追い出し効率よく儲けよう、と言うのとはほど遠いマッタリ落ち着く感じ。周りにいる人が貰ったプレゼントを眼の前で開けて抱擁したり喜ぶのを自分はぼーっと眺めたり、自分のいる奥の部屋から通路越しに見える手前の人たちの笑う話す動く姿を逆光気味に眺めコーヒーを飲む。
最近のロンドンやアムステルダムには消えてしまったこのような空間。人が集まり楽しむために楽しむ場所、ポエティックと言えばまさにそのような空間。物思いに耽るにはこの上なくいい場所。お金は無くても詩心を何処かに抱えた人が集まる店。
帰りに店員の男性がポイントカードをくれました。9杯飲んだら10杯目はただ、と言うやつを。友人の家に行きこのカフェの話をすると、あそこは物書きとかちょっと変わった人が集まる店なんですよ、とのこと。道理で私は惹かれたわけですね。貰ったポイントカードを使えるくらいそこに通える日々がそう遠くない将来訪れたらいいな、と思っています。
この記事を今ロンドンのチェーン店カフェ、プレタ・マンジェで書いております。写真は左と真ん中はロンドンのリバプール・ストリート駅近郊、右はエジンバラの眺めです。
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イギリスに来て一週間近く経ちました。先日もイングランド南東部の田舎のアンティーク・マーケットに行きました。昔はよく見かけたような市で、その地域のディーラーが公民館みたいな所に集まってのんびりとやっている。大半がセミプロかリタイアした人で、お金の為と言うよりは好きでアンティークの仕事を続けているのがテーブルに並んでいるクマの人形の表情やちょっとした丁寧さの中に見て取れます。ホールの一角には小さなカフェがあっておばさんたちが手作りのケーキや紅茶を、バザーみたいな感じで売っていて値段もかなり良心的です。生き馬の目を抜くようなロンドン近郊のアンティークの世界が当たり前になっている自分にはやはりこういう場所は新鮮で、ホットさせられもすれば、こんな場所がこの国で徐々に消えていくのを見てきたこの二十年が僕の脳裏にはあるわけです。
その日も六十代くらいの女性、顔の表情の綺麗な人でしたが、彼女からぬいぐるみなどを仕入れて色々と話もして、ここの主催者がやっている他の市の情報なども聞いたりしました。こんな所にいるぬいぐるみは可愛いのが割と多いです、ぬいぐるみのほうも人を選ぶのでしょうね。いろんな場所に足を運ぶ、ものを見る、話す、そして顔を覚えて貰う。この繰り返しですね、僕の仕事は。こんな単純なことの積み重ねがジワジワと効いてくる、とでも言ったらいいのでしょうか。重要なのです。
写真は左から、ロンドンのヴィクトリアの駅、Caffe Neroの店内からの眺め、Gueenswayの地下鉄のホームから見えた壁、です。 カメラが新しくなり(SONYのRX100III)、ファインダーを覗いて撮っておりますが今までと何処か違いますかね、写真が。
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いよいよ明後日から仕入れです。イギリスに4週間。割と長いですね。今は色々と準備に追われています、と言いながらもデジカメを買い直しました。この八年使っていた携帯用の小型のパナソニックのカメラが壊れ始めた(露出補正ボタンが時々動かない)のと、液晶画面を見て写真を撮るのがどうもイヤで新しく買いました。ソニーのちょっと高級な奴を。型落ちしていたので安くはなっていましたが六万円弱しました。ファインダーが付いていてマニュアル・フォーカスが出来、レンズが明るい(今度のは開放でF1,8です)コンパクト・デジカメ、となるとそこそこの高級機になります。今日は連休なのにヒマで、新しいカメラを弄って店内の物を撮っては遊んでました。ここに載せている三枚が新しいカメラで撮ったもの。やはりファインダーがいいですね。ファインダーを覗いて撮るのと液晶画面を覗いて撮るのは、何処か紙の本を読むのと液晶画面で読むのくらい僕にとっては違うのです。やはり「覗く」のが好きですね。
さてこの新しいカメラ、もちろんロンドンに持って行きますので今回のこのページでのイギリス便りの写真は前よりも奇麗な写真で楽しんで頂けるかと思います。と、新しいカメラを買ってしまったことを正当化しております、いやいやあれは要るんだったよ、必要だった、とね。
では皆さんお元気で。明日まで営業して次に開けるのは6月3日です。
ロンドンに行ってちょっと落ち着いた頃にこのページを更新致します。
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オランダ、ゼニス(Zenith)社の磁器製パイプを去年の暮れにオランダで仕入れました。現存するパイプメーカーでは世界最古で創業1749年(この頃はまだ木のパイプは存在していませんでした)、パイプ内部に空洞があり、煙が口に運ばれて来る前にそこで対流するように作られています。新品のときは写真にあるように真っ白ですが、吸い込んでいくと渋い茶色へと変化していきます。中々良いパイプです。私も長年愛用しています。普通の木のパイプと使用する上での違いは一つ、パイプ・ボール(タバコを入れる部分)の穴が真下にあると言うこと。これも直ぐになれて来ます。手入れは至って簡単、ブレークインも必要なしで、水洗いもオッケーです。ご興味おありの方はご来店、もしくはお電話下さい。
まだ痛風で唸っておりますが、私の場合左の足首に発症することが多いです。これには多分理由があり、二十歳の頃バイク事故で左足を痛めてから左足首が弱いんですね。痛風は弱い部分に出るらしいです。
今から三十年ほど前、アイルランドのダブリンに住んでおりました。気候が寒いせいか、事故で痛めた左足首が何時も硬くて歩き難かったのです。当時のガールフレンドがダブリン郊外の教会にどんな病気でも手をかざして治す、ジョージという男が居ると何処からか聞きつけて来ました。ある日二人でその小さな教会を訪ねると、ジャージを着たがたいの良い40後半くらいの男がいました。既にたくさんの人が彼の治療を受けるために教会の椅子に座って待っており、彼の側ではシスターが助手として待機しています。時折、彼を崇めるような感じの合唱のようなものが聞こえて来て、誰かが彼の名前をゆっくりと連呼しています。彼は手をかざすだけで癌も治すと言う噂で、空手か柔道が十段と言う話しでした。僕の彼女は大学の研究者で至って理性派、僕を連れて行ったのにそんな諸々の噂はどれも信じておらず、いよいよ僕たちの番が来て、座って待っていたところから少しだけ歩いて彼の前に二人揃って着席したのです。最初に彼は僕を見ると一言、君は左足を事故で痛めてるね。僕の当時の歩きかたは今と左程は変わりません。先ずこの一言、彼の観察力にびっくり。彼女は彼がイカサマであることを証明するために彼のする質問にわざと嘘をついてみたりして、僕の横で彼の「奇跡」の力の真偽を暴こうとしていました。彼は僕の前に座り確か左手をそっと、本当にそっとぼくの左膝に置くと、(怪我に関係のない)幾つか取り留めもない質問を僕にしました。その時間一、二分だったでしょうか。僕は何時になったら患部に触ってくれるのだろうかと思いながら彼と話していました。そして彼は私にこう言ったのです、はいもう(治療は)終わったよ、と。そしてその席を立ち歩くと何とも左足の軽いこと。それは丸で事故に遭う前のようで、歩くときの足首の柔軟さは長い間感じたことのないものでした。その効果は一ヶ月かそれ以上もちました。その後左足首はまた同じ状態に戻ったのですが、それは何とも不思議な体験でした。ジョージ。忘れられない名前です。
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痛風(gout)が56回目の誕生日目前の僕にお祝いにやって来てくれて、お陰で誕生日の4月9日は痛風の痛みに苦しむ目出たい日となりました。7日の土曜日が最悪の日で一歩も歩けず自宅の布団の上でただ呻いておりました。激痛からくる疲労でとにかく長時間寝ます。よって夢を沢山見ながらも夜中に這いずりながらお手洗いに起き、また悶々として何時の間にか寝る、の繰り返しです。人は見る夢の何割くらいを記憶しているのだろう、とか、人間には何故夜があるのか、とか日頃余り考えないことを考えながら唸っておりました。何故夜があるのか、もちろん地球の自転ですが、人間には闇の時間が重要だと思うんですよね。それを現代社会は闇を駆逐するのにいまだ躍起となっていますし、夜の暗さをしっかりと体で感じるって大切だと思います。小学校で最近はお金の使い方の教育とか英会話とかが重要視されていますが、夜の暗さについて学ぶことのほうが大切だと思います。寝ても覚めても中毒のようにブルーライトを浴び続けている日本人の未来こそ「暗い」ですよね。闇の排除と過度の利便性のなかで異常な日常を生きざるを得ない現代社会はどうやったら変えられるのでしょうか?
と、グチっぽい私ですが、写真は誕生日に私たちで作る冊子『そらあるき』のメンバーが持って来てくれた特注バースデーケーキを手にする私です。(毎年同じ感じの写真ですみません・・) 
本当はオランダの陶器のパイプについて書くつもりでしたが今日はちょっと気力不足で、、また次回にします。すみません!