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先日(4/9)、57歳になりました。ギャラリー・トネリコの細川さんと活版印刷のユートピアノの松永さんがケーキを持って来てくれて誕生日を祝ってくれました。ありがとうございます。とても嬉しかったです。56も57もそう変わりはしませんが、あと三年で60かと思うと、そんな歳になったんだなと不思議な気持ちです。明治時代ならばもうとっくに人生が終わっていても不思議でない年齢ですね。この仕事、アンティークの世界は60くらいでやっと一人前のディーラーの風格が出て来ます。貫禄と言ってもいいかもしれません、その世界で長年やって来た者が持つ味わいのようなものが滲み出てくる年齢。その始まりが60辺りなのでしょう。ものを見る眼だけでなく、人間としての幅、深み、包容の力、そんなものが揃ってくるのでしょうか。
でも最近辺りを見回してもそんな味のある大人が何処にいるでしょうか。殆ど皆無。テレビで頭を下げる不祥事時の企業トップ、政治家、有名文化人など、申し訳ないがお顔に品が無い。まあなんと言いますか、狭い枠の中で権力におもねりながら動いている人の顔です。または権力を持ちながらもその行使の意味については考察などしたことの無い顔。若い人たちには周りの年上を見回しても最早反面教師しかいない訳で、あぁ、あんな顔にだけはなりたくないな、と思っていればいい訳です。
好きな顔は誰の顔ですか、ともし訊かれたら、思い浮かぶ顔の一つは間違いなく晩年のトルストイの顔です。最晩年に家出をして駅舎で死んだトルストイ、彼は貴族という自分の出自と真っ向から対峙して悩んだ偉大な作家です。
最近みなさんマスクして歩くのでお顔の半分は見えませんが、やはり顔は大事で、嘘偽ることの出来ない正直なものだと思いますし、その点恐いものでもあります。
お若い方たちは周りの冴えない顔の「大人」たちに影響を受けることなく、それらを軽やかに避けながらいい顔になっていって下さい。金より顔ですよ人間は。
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4/27(土)〜5/12(日) 名古屋市の atelier plow さんの5周年企画でフェルメールのアンティークを展示販売して頂きます。ブローチ、道具、小物、シルバー、レース、箱などを展示致します。名古屋方面の方で期間中にもしお時間ございましたらお出かけ下さい。珍しくて楽しい物を見て頂けたらと思います。
昨日は多少疲れた心を癒すべく能登半島の能登島に行き民宿で一泊して来ました。早めに食事を済ませて部屋に籠り、持参したラジオで短波放送を聴きながら過ごしました。台湾国際放送、ヴェトナムの声放送などの日本語放送を聴いて過ごすのは中々に楽しく、台湾のような政治的に難しい所にとって、国際政治とはどんなものなのかがラジオの放送から垣間見えて面白かったです。交流のある海洋小国に国連で(代わりに)自分たちの立場を発言してもらう見返りとして、こんな寄付をした、巡視艇を贈ったとか、手術室を寄付したとか、そんなニュースを能登島の端の小さな村にある民宿の小部屋で聴くのはとても楽しい時間でした。台湾の総統が毎年ハワイに立ち寄るのがどんな意味を外交的に持っているのか、そんな話しを多少外国訛りがあるものの美しく何処か古風な日本語で聴く、いや楽しかったです。
その後は部屋で無数のカエルの大合唱の声の満ち引きを聴きながら眠りに落ち、翌朝はうぐいすの美しい鳴き声で目覚める。心の疲れを取り去るには十分過ぎるほどのんびりとした時間を過ごせたのでした。宿で飲んだお茶が余りに美味しかったので、何処のお茶ですか、と訊いたら、一言、スーパーのです、と真面目そうな宿の息子さんが答えてくれました。
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4月9日の金沢は桜が満開です。右の写真、コンクリートの上に誰かが落とした手袋が片手だけペタッと引っ付くように置かれています。その後ろに満開の桜の木々。変な取り合わせの写真です。
前回この項で店の前の垂れ桜が満開という話を書きましたが、その桜にちょっとしたアクシデントがありました。数日前の午後、窓の近くに立ち遠方から来られた常連の男性と話しながら窓の外の桜のほうを見遣ると、桜の側に八十位の小柄な女性が立っています。と、気付くとその女性、と言うか老女は桜の枝を両の手で握り締め、その瞬間僕たちの目が合うと、その老女は頷くようにして自分に言い聞かせるかの如く、な、何とその握り締めていた枝をポキっと折ったのです。今見たことが信じられないまま直ぐ外に飛び出して訊きました。ちょっとあなた何してるの、と僕、桜もらったよ、見てたから(取って)いいと思った、と老女、何考えてるの、と僕。その後僕は老女に、人として最低だ、恥を知れ、と大声で言うと、それこそ謝るどころか逆ギレされて怒りながら逃げて行きました。
最近の一部の老人は全くもって不可解な動物です。僕には単なる劣化物にしか見えません、申し訳ないですがこんな表現を使うのは。その後夕方のデパ地下に行くとレジ前で生鮮食品を両手に持ち大声で怒鳴るように話している中国人の団体とレジで清算中もスマホいじりを止めずに下を向いたままの若い女性が視界に入り、、あぁ一体人間は人間はどうなっているの、と酷く疲労困惑したのでした。
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連休中は休まずに水曜日も営業します。5/1(水)は営業しますが連休直後の5/7(火)は渡英前日なので夕方早めに閉めると思います(恐らく5時頃)。5/8からは4週間仕入れの為お休みします。
店の前の垂れ桜が咲き、ほぼ満開です。本当は垂れ桜はソメイヨシノより遅く咲き始めると思っていたのですが、先に咲き始めました。名古屋の友人にそのことを話したら、持ち主と一緒でちょっと狂ってるんじゃないの、と言われました。まあそうなのかもしれません。とても綺麗で居ながらにして花見が出来ます。僕はわざわざ何処かに花を見に行ったりはしないので、こう言った感じで桜を見るのが一番性に合っているかもしれません。
先日ギドン・クレーメルのクラシック音楽のアルバム'New Seasons' を買ったら、その中にたった二分の合唱の小品が入ってました。名前はエストニアン・ララバイ。本当に短くてあっという間に終わるんですが、本当に美しい、それこそ聴いていると、愉楽、悦楽という言葉で現したくなるような感動を覚えます。美しさに長さは関係ない、ほんの一瞬の音楽なんですが聴いていると喜びを感じるんです。言い忘れてました、作曲家は僕の一番好きな現代のクラシック音楽の作曲家、アルヴォ・ペルトです。まだ存命ですがもう80歳を超えています。グールドのゴールドベルク変奏曲(晩年録音のもの)を聴くときもこの悦楽の感じをいまだに覚えますが、こちらの小品は二分ですから、始まったと思ったらもう終わり。
美しさと長さは関係ない。人生もそうでしょうね、一般的に長いほうがいいと思われてはいますが、ただダラダラと長いのならいっそのこと、すっきりと密度の高い短命のほうが美しさは優っている。僕自身も、心の深化を伴わなければ長く生きるのは生き恥と言うかまあ無駄、生きるだけ無駄だと強く思っていますので、ものを考えないで日々を無聊に過ごすならそんな人生は要らないと何時も思っています。死ぬその日まで考えていたいと思います。
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3月22日(金)に東京、代々木上原の「ムジカーザ」で Adrian Schmitt さんのピアノリサイタルがあります。午後7時開演で、ドビュッシー、サティ、ショパンなどを演奏されます。彼はイギリス在住のピアニストで僕は彼のお母様と親しくして頂いているのでお知らせが届いた次第です。中々素敵な演奏をすると聞いております。お時間おありの方は良かったらお出掛け下さい。全席自由でドリンク付きで2500円です。お母様も会場におられると思います、もし見掛けられましたら、Teruyo-sanと言う方なので金沢の塩井から聞いて来たと仰って頂いたら喜ばれると思います。
お仕事帰りなどにお時間が許せばお出掛け下さいませ。
(彼の演奏は You Tube でAdrian Schmitt で検索したら見られると思います)