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ロンドンに来て一週間近くが経ちます。仕入れのほうは今のところ順調ですが、ロンドンは去年辺りと比べても明らかに活気がないです。Queensway のいつも行く大きなショッピングセンターも一階の店舗は半分以上が閉店して空で、全体がガランとして寂しい雰囲気です。僕がいつも泊まる宿があるビルの隣には、アイススケートとボーリング場があって、世界中からこの街にやって来た色んな人々が絶えず笑ったりしながら出入りしていて、夜などもビルの入口のドアを開けると、その人の往来の活気にこちらまでがなんか楽しくなったのですが、今回はそこの入口は板が張られて閉鎖してあり、「改装中」と書いてあります。それを見ながら、本当に改装中なのかしら・・と勘繰ったりしていました。
街の景気は明らかに悪いのですが、それを吹き飛ばそうとするかのようにみんなよく喋りますね。大手スーパーの商品整理担当の店員なんかも、二、三人集まってはゲラゲラと大声で身振り手振りでからかい合ったりして盛り上がり、とても働いているにはほど遠く、楽しそうです。僕も友人や知り合いと割と喋っていますし、時々側にいる人に話し掛けられたりします。僕の英語は大したことはないですが、それでもイギリスでの会話は楽しく、自分が活き活きしてくるのが分かります。今日もアンティークの市に行ったら、最近引退した60代の男性ディーラーが他のディーラーに混じっていたので、後ろからポンと肩を叩くと、彼が僕に「会えて良かった、元気かい」、僕が「あれ、辞めたんじゃないの」と返すと、「いやいや、本当に辞めたんだよ」と言うので僕は「でも、一年もしたらまた骨董に飢えるんじゃないの」と皮肉交じりに言うと、何時も冗談のきつい彼はこっちを向いて、舌先を丸い唇の間からちろっと出して僕に「反撃」。僕は彼のいたずらっ子みたいな可愛い仕草に笑うしかなく、彼とはそのまま別れました。彼は18世紀の渋くて変わった物をいつも持っていて、彼みたいな個性的ディーラーが居なくなるのは本当に残念です。ちなみに、話をしていたとき彼は手に18世紀の小さな砂時計を持っていました。やはり彼も骨董中毒なのですね、きっと。イギリスの骨董世界の「空気」なしには生きられないのでしょう。その気持ちは僕にもよく分かります、この国の骨董世界の怪しく不可思議な魅力に憑かれると、もう死ぬまで「前に進む(いや、後ろかも知れませんが)」しかない、そんな気持ちになって来ます。僕もプロの端くれとして、お金じゃなく「好き」でやっているディーラーで在り続けたい、そう思います。
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今日は田舎、イングランド中部のノッティングハム州で仕入れ。友人の家に滞在して至れり尽くせりのもてなしを受け、比較的のんびり仕入れています。ここ一、二年の事ですが、適度に力を抜きながら肝心なところでは上手に仕入れる、そのリズム、強弱の作りかたが少しは身に付いてきたような気がします。以前は、何処に行っても何と言うか、もっとギラギラとしていて、アンティークの無数に思える陳列を前に、一つでも漏らさない覚悟で睨みつけるように探していました。今は、そうですね、もう少し引いた感じ、一歩下がってアンティークを見ながら、「まあどうせ全部買えるわけじゃないし持ち金にも限りがある、それよりもどの「子」が Japan に来たいかしら」という気持ちを若干持ちつつデザイン、状態、サイズなどを見定めていく、そんな仕入れでしょうか。不思議な事には、少し引いて下がったほうがすんなりと自然に欲しい物が手に入ることもあります。それにこの国、イギリスの人はガツガツしていたり、無闇に人を急かすような態度を嫌います。欲しくてもその気持ちを露骨に出さないほうが、その慎ましさが逆にこちらの人にはぐっと来るものがあり、急に優しくされたりしてこちらがちょっと驚くこともあります。勿論それは相手が好い人の場合に限っての話ですが、その点イギリス人は日本人にちょっと通じるものがありますね。
アンティークを探して回るときのこの「引く」と「押す」の加減、それから相手との会話の進めかた、自分に気持ちの余裕があり相手に付け入る隙を与えないこと、そして若干のユーモア(これはこの国では大事です)、そのようなものが自分の内に自然備わってくると、同じ場所に出向いても買えるものが違って来る。それはこの国でアンティークと関わっていく醍醐味でしょうし、インターネットで指先クリックで買うのとは全くの別次元のことです。
僕がアンティークをネットで売買しない理由はそこです、指先クリックでアンティークを買うのは苦労しながらそれを作った昔の人達の尊厳を結果損なうものですし、僕はそのような安易さはいつの日かその「物」に復讐されると思います。僕はネット・オークションは嫌いです。もし二百年前、三百年前にそれを作った人がそれを見ていたら、おおいに嘆くだろうと思います。いや、きっと彼らは何処かで見てるんですよ今の僕たちを。比喩でなく最近はそう感じています。
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先日友人のアンティーク・ディーラーに夕食に招かれロンドンの北東にある街に電車で出掛けました。途中、電車は柄のあまり良く無い地域を通り過ぎて行きます。ぼくの少し離れたところに立っていたとても大きな体の黒人の人が電車の壁に向かって叫び声を発し始めました。何か意味不明の言葉を大声で叫んでいます。ちょっと怖かったけれど幸い途中で下車してくれました。友人宅でジョコビッチとマレーのテニスの試合を観戦しながら夕食を頂き、10時頃友人に駅まで車で送ってもらいました。その駅からロンドンまでおよそ40分ほどで着くのですが、待てど電車が来ません。来るはずの電車はキャンセルになり、プラットホームから改札に戻るとホームに居た殆どの人がそこに集まっていて、改札の職員に詰め寄っていました。何と、もうその日のうちには電車は無いというのです。大体そのような場合には代替のバスを走らせるのですが、それも無いらしく、皆んなでその駅員のおじさんに詰め寄り、誰か責任者に電話して詳細を訊け、と言うと、彼は渋々電話を掛けて、彼自身が被害者であるような口振りで話しています。まあこんな場合日本と違い、駅員さんが平謝りするような事は無いとは知っていても、その後も彼の発言は全く要領を得ず、皆んな呆れて改札を出ました。僕もしょうがなく夜空の下外に出たもののこの街は全く歩いた事も無いし、既に11時近くで人影も疎ら。僕が日頃知っている「ロンドン」とこの街は全く別の街に感じられ、余り無闇に路地に入ったりはしたくはありません。ロンドンに戻るバス停の場所さえ全く分からず途方に暮れていると、僕の側をアラブ系の30代の男の人がiPadで音楽を聴きながら通り過ぎています。溺れる者は藁をも・・・で彼に近寄り、すみません Wood Green に行くバスは何処から乗れますか、と聞きました。Wood Green はロンドンの北東部で夜は余り近付きたい所ではありませんが、そこを通らずには帰れないので、仕方がありません。すると彼は、僕もそっちの方に行くので一緒に行きましょうと言ってくれ、一緒に歩き出しました。彼も Wood Green に行く329番のバスが何処から出るのか正確には知らないようで、途中カリビアンのミュージシャン風のカップルと擦れ違うと彼らにバス停の位置を聞いてくれ、その返事を頼りに更に歩いて行くと前方にバス停が二つ見えて来ました。この地区は普段は足を踏み入れないので、僕にはちょっとした外国です。その夜は雨が降っていて僕らは雨の中をずっと歩いていたのですが、最初のバス停まで来ると彼は、君はここに居て、僕が向こうを見てくるから、と言い残すと雨の中を濡れながら更に向こうへと急いで駆けて行きました。向こうのバス停まで着くと彼はまた急いで僕のほうへ駆けて戻って来てくれ、こっちだよ、と言うのです。この辺りから僕の心はじわじわと感動を覚え始め、自分が雨に濡れているのも忘れるくらいでした。無事バス停に着き彼の余りにもの優しさに圧倒されて、僕はそれに相応しい感謝の言葉も見当たらず、ただ、 Thank you so much とありきたりのお礼を言いながら握手して別れました。そして、他の人たちに混じってバス停に立っていると、誰かが他の人に、ここは329番が停まりますよね、と聞いているのが聞こえます。その声のほうを見遣ると、何とまた彼が戻って来てくれて僕がちゃんと乗れるように確かめてくれていたのです。
何と言うのでしょうか、僕はこの全くの行きずりの青年の行為に胸が熱くなり、と言うか、ビックリですよ、信じられない。日本でこんな事はあり得ない、起こらない、無い、でしょう。僕はそれからナイトバスを三つ乗り継いで Queensway に着いた頃には一時を回っていました(その日は日曜日で地下鉄の最終便は平日より早かったのです)。大変な夜で疲れもしましたが、人の不思議な優しさに触れ得た夜となりました。
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イギリスに滞在中の地味な愉しみは幾つかありますが、その一つがロンドンのピカデリーにある本屋、Waterstones に行くことです。暇があるときに行っては何と無く本棚を眺めては本の背表紙に指を掛け、取り出してはまた戻し、そんなことを繰り返しているうちに欲しい本が一冊二冊と見つかります。僕が行くのは二階の文学コーナーと四階の写真コーナー。特に文学の所には小出版社が出している美しい装丁の文学書が沢山あり、知らない作家が多いのですが、ゆっくりとその書棚を眺めては何か買い求めて帰ります。
今回買った本は、日本語で岩波からも出ている「パリス・レビュー・インタビュー」、'50年代から現代までの色んな作家のインタビューを集めたもので、その英語版を買いました。日本語版は英語版の翻訳ではなく、沢山あるインタビューの中からそれぞれに別の作家を選んで編集されているので、日本語版と英語版では選ばれている作家が少し違います。因みに、日本語版は二冊、英語版は四冊出ています。例えばウィリアム・フォークナーは日本語版にはありませんが彼のインタビューはとても興味深く、創作的仕事をしている人が読んだら面白いだろうと思います。そのシリーズを1から3まで買いました。今のところ4を買っていないのは僕の苦手なハルキさんが入っていると言うクダラナイ理由です。後は、Mary Ellen Mark の写真集とElizabeth Hardwick の 'Sleepless nights' と言う小説。この人はそのパリス・レビュー・インタビューの日本語版でインタビューを読み興味を持ちました。多分翻訳は無さそうですし、詩的言語で書かれていて翻訳されると別のものになるでしょうから、そんな理由で買いました。過去の想い出がなどが美しい言葉の連なりで書かれていてその語りの音の美しさだけでも時にうっとりとさせられ、思わずその音を反芻してしまいます。ただ僕には難しいので、夜読むには良いですね、1分で寝られます。
あくまでも総じての話ですがヨーロッパの本は装丁、デザインが日本よりも美しいです。バーコードの処理にしても、それを上手いこと本の帯にしてあり本その物のデザインを損なわないよいにしているものなど時に見かけます。今日本でも、本が売れない時代だとよく言われますが、こんな時代だからこそ、表紙を見ただけで買いたくなるような本をもっと作ると良いのでは、と切に思います。何時もこのピカデリーのWaterstones の書棚の展示を少し遠目に眺めるとき、その美しさと品の良さにうっとりさせられ、自分が日常の憂さから切り離され、少しだけ別の世界に居る淡い幸福感を味わいます。美しいものたちから放射されるオーラに包まれる幸せです。
上の写真、左と中はエジンバラ、右はイングランドとスコットランドの境界の町、ベリーク・アポン・トィードです。