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11月11日(土)〜22日(水)の間、金沢市柿木畠のギャラリー、MUSEE(ミュゼ)さんで織り物の玉田トシ子さんとビーズワークの石畑美津子さんの二人展が開かれます。二人とも長年の友人でとても素敵な作家さんです。玉田さんは岐阜在住、石畑さんは輪島在住のかたです。お二人の接点を作ったのは僕なのですが、もう随分と昔のことです。二人の作品の個性はかなり違うのですが一緒に展示をやるとしっくりくるのがとても不思議です。玉田さんと石畑さんが揃ってミュゼでされるのは初めてです。きっと素敵な作品が並ぶことと思います。ミュゼの益田さんもとても素敵な、センス抜群の方なのでこのお三人が揃えば素敵な催しにならない訳がありません。これからの冬を彩る物をお探しの方は是非期間中に行かれて下さい。
僕自身は明後日からイギリスで今はその準備に追われています。今日もお店には誰も来ませんが、お陰で準備が捗ります。暇なのが嬉しいような、、そうでないような。本当はこのホームページで書きたいことが色々とあったのですが、お店以外の用事に追われて書けませんでした。
英語の言葉に、セレンディピティ(Serendipity)と言うのがあります。意味は偶然に良い物事に出会える幸運のことを言います。街を歩いていたら偶然に長年探していた物が見つかったり、会いたかった人に思いがけず出会えて物事が好転したり、そのようなことを指して言う言葉です。多分、日本語で一言で言える訳語はないと思います。このセレンディピティ、僕はとても好きな言葉なのですが、何事も便利一番の今の世の中、何でもネットで済ませて、その途中のプロセスが省かれてしまう。クリック、クリックで、はい完了、でしょ。目的地に行くときも Google Map やルート検索のお導きによって迷うこともなく行ける訳です。物を探すときも検索でポン、で次からは検索結果が別の画面にも反映されて、オススメだらけ。
これって便利ですけど異常だと思いませんか。便利さって恐らく人間らしく生きるためには程々のところが良いと思います。少し前にハヤカワ文庫で出ている『フィルター・バブル』と言う本を読んでいました。検索エンジンの個別化(カスタマイズ)によって同じ単語で検索してもみんなそれぞれに違う結果が出て来て、僕たちは極度の視野狭窄に追い込まれていき、自分中心の小さな殻の中に閉じ籠ってしまう。そんな内容のことを細かくかなり専門的に語っている本でした。そこでもセレンディピティに関しての考察があったと思います。まあ、かなりざっくりと申しますと、(今の)ネット依存の世界は僕たちからこのセレンディピティを奪っているのです。検索環境がカスタマイズされると一見自分好みの物に出会えるようで、実は真逆なんですね。物に「出会えて」いるようで、その実しっかりと「誰か」にコントーロール(支配)されている。主体性の喪失ですね。
ぼくが携帯を持ち歩かない、所有しないのはその辺が大きな理由かもしれません。なにせ仕事柄僕にとってセレンディピティはとても重要なことですから、、。
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まだ仕入れは始まったばかりで、今日は電車に乗ってイギリス南部に行きました。日本を出発する時が朝の4時起きで、その日はエコノミーの狭い席でほぼ半日座りっぱなしのフライト。イギリスに着いた翌日は2時半に起きて、タクシーで郊外からロンドン中心部の駅に行き、田舎に仕入れに出掛けました。午後3時頃に荷物を沢山持ってロンドンに戻って来る頃には体はフラフラ、頭はボーっとしていて、肩から荷物を幾つも斜め掛けにしながら、両手にも手提げを幾つか持って地下鉄に乗り込んだのです。電車は3時半頃なのに既に混んでいてほぼ満員。荷物を沢山持った僕が乗り込むと何と不思議なことにドア付近の両側の席に座っていた人が二人、サッと立ち上がって僕に席を譲ってくれたのです。僕はまだお年寄りでもないし、妊婦でもない、、ただとても疲れていたのでお礼を言いながら座席に体を落とすように座ってから自分の右手にある物を今更ながら認識したのです。そう、僕の右手に今朝仕入れたばかりのアンティークの杖があったのを思い出し、なるほど。杖を持って電車に乗り込んだものだから、体が不自由な人に間違えられたのですね。確かにロンドンの地下鉄には、歩行が困難な人に席を譲りましょう、と書かれてあります。何故自分に席を譲ってくれたのかを半歩遅れで了解すると、じわっと後ろめたい気分が湧いてきながらも、体はとても疲労していて今更立つ気にはなれず、杖の握り手に付いている値札を何となく掌の中に手繰り寄せて隠し、それが今買ったばかりの仕入れのための杖であることを気付かれないようにしたのです。後ろめたさからくる自意識の過剰ですね。下車するまでの6、7分の間、杖に何となく体重を掛けたりして、杖が僕に必要な道具であるかのようにさり気なく、いや、ワザとらしく振る舞ったのです。体は休まりながらも、終始後ろめたく、何時もよりも一駅を過ぎる時間が長く感じられました。
席を譲ってくれた方、ごめんなさい。
さて、仕入れの旅は始まったばかり。焦らずマイペースを貫きたいと思います。
お元気で。
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オランダに仕入れに行ってきました。三年振りのオランダでしたが、スキポール空港に着くなり、自分がみるみる元気になっていくのが分かります。初めてオランダの土を踏んでから二十五年、一時期は本当にこの国が好きで好きで年に二回は必ず来ては運河沿いの通りを徘徊していました。今は前のような強い憧れの気持ちは大分失せましたが、それでもこの国の、特にアムステルダムの街の自由度の高さ、センスの良さ、オープンな雰囲気は健在で、パリやロンドンには無い魅力を求めては訪れたくなる場所です。
スキポール空港からアムステルダムに行くのに空港内の駅に行き、電車を待っていました。アムステルダム行きの電車がホームに止まっていたので急いで乗り込もうとすると、もう発車直前で、体の大きな黒人の駅員さんが僕の前に立ちはだかって、まるで相撲取りさんが押し出しでもするような感じで僕の方に迫って来て、ノーモア、ノーモア(no more)と言うのです。仕方なく電車に乗れず、ただ彼のその時の仕草が農場に入ろうとする牛を追い出すような、何処か牧歌的な垢抜けないかんじで、僕は、このおじさん面白いな、と思い、次に来るアムス行きの電車が、11時7分と11分に二本あり、しかも電車の種類が違っていたので、どちらが早く着くのか知りたく、彼の方にまた近づいて行きました。あのー、11時7分のと11分の電車ではどっちが早くアムスに着きますか、と聞くと、彼はホームを忙しく行き交う大勢の人を気にも留めず、何処か仕事を放棄したようなゆっくりとした口調で、11時7分足す70分は何時かな、と訊いてくるので、僕は12時17分ですか、、と返すと今度は、じゃあ11時11分足す25分は何時、と続けて訊いてくるので、僕もそれに答えます。彼は、小学校の教師が生徒を諭すような感じで、さて、どっちが早いかな、、と訊いてきます。大きな駅で突然に算数教室が始まり、体の大きな先生が何故か僕に算数を教えている。彼はもう駅員であることを忘れたかのように悠然と僕に話しています。彼が、11時7分足す70分は11時24分だね、だからこっちの電車だよ、と言ったその瞬間に向かい側のホームに勢いよく電車が到着して、彼はさも自慢げにそれを指差してみせる。僕は、彼の70分が実は17分だったことの驚きと、ホームにいた駅員さんの超然としたその話し方に呆気に取られ、あぁやっぱりオランダは不思議な、実に不思議な国だと納得していたのです。
オランダという国にいると、このように時として説明不可能な面白さに遭遇します。特にアムステルダムでは不可思議な人の風情を垣間見ます。そういう意味で、一度訪れると麻薬のように中毒性のある街です。
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先週の月曜日にイギリスに着いてから約二週間殆ど毎日仕入れで働いていました。移動も激しく、飛行機や電車の時間の都合で朝の三時、四時に起きることもあり、連日沢山の荷物やスーツケースを持っての移動も多く、流石に身体が疲れてきたようです。それと、毎日多量のアンティークを見続けるとちょっと食傷気味になりますね、それで明日は午前中だけ仕事をして午後はカフェでも行ってのんびりと過ごすつもりです。
今週はエジンバラにも行き、その途中ヨーク(York)にも寄りました。ヨークの街で朝撮った写真が左と真ん中で、右はスコットランドとイングランドのボーダーにある街、ベリーク・アプオーン・ツィードです。ロンドンからエジンバラに向かって北海を眺めながら進んで行くと、イングランド側の最後の街がここなのです。何時もながらとても綺麗な眺めです。エジンバラとアムステルダム、この二つは僕の大好きな街ですが、今回は久し振りに両方を訪れることが出来てとても充実した気分です。この二つの街とは相性が良く、それぞれに最初に訪れた時に知り合った友人が居て、有難いことにお食事に招かれたり泊めて頂いたりで、嬉しい限りです。時々しか会いませんが再会すると色んな話に花が咲きあっという間に時間が過ぎます。お食事がとても美味しく、優しい手料理で疲れた身体が本当に癒されるのです。大好きな街で友人宅に招かれて愉しく話しながら美味しい料理をお腹一杯頂く。どちらもとても素敵な古い家で、アムスは17世紀、それこそフェルメールの時代の運河沿いの家、エジンバラは19世紀初頭のジョージアン風の家。アムスの友人は僕のパイプの師匠でもありますが、もう二十年の付き合いになります。
こっちに来るとカフェや駅やレストランで、笑っては話に熱中している人をたくさん見かけます。もちろんこんな時代ですから、タブレット弄っている人も沢山いますよ。でも、観察するに楽しそうに話に興じている人は日本より断然多いと感じます。僕自身も日本より笑うことが多いです。まあ、イギリスでは周りが良く冗談を言うのでそれにつられてこちらもそうなるのでしょうが、、。話して笑う。これって最高の心の薬だと思うのですが。ちなみに僕の住む金沢は、みんな冗談言いませんね。ユーモアに関しては寂しい街です。だから僕はこうやって年に二回こちらに来ているのでしょうか、冗談言いに。
そう言えば先日イギリスのある駅で、ホームでロンドンに戻る電車を待っている時に、電車がどちらから来るのか知りたくて(イギリスでは電車の前方車両が一等、後方が二等に分かれているのでホームで電車を待つ時に進行方向を知る必要があるのです)、若い男の駅員さんに、電車どちらの方向から来ますか、と訊ねると、彼は向こうの方を指差し、あっちから来るよ、と教えてくれたのですが、その数秒後、なんと電車は反対方向から来るではありませんか。彼はその電車を僕に指差して見せて、一言、見ろよ、とだけ言うと、恥ずかしさの余り、彼は右手で自分の目を覆い隠し、その仕草に大笑いしました。駅員さんがホームで電車の進行方向を間違えるなんて日本ではないでしょうね。間違えた若い駅員さん、恥ずかしそうに目を手で覆い隠し下を向いたその仕草がとてもチャーミングでした。それに日本みたいに、お客様間違えて申し訳ありません、という感じにならないのも好きです。あれはただの自己防衛で何処か嘘臭いじゃないですか。それと、逆らえない者に辛くあたってストレス発散をする寂しい人を見るのも嫌ですしね。ここイギリスではそういう乗客はいないことはないですが、はるかに少ないです。何時からそうなったのかは知りませんが、僕はあの日本の「お客様の言うことは基本的に正しい」のでそれには逆らいません、という接客は好きじゃないです。だって、だって、あれは働く側の凄いストレスですよ。そしてその人が今度お客の側になると、お客様を演じる。不健全な循環だと思います。何故か今回は駅の話題が多いですね。では、see you。
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今日はピカデリーの本屋、Waterstonesでのんびりと過ごして、サミュエル・ピープスについて書かれた本を買いました。オランダのフェルメールと同じ時代を生きた人で、彼は何をしたというわけでもないのですが、彼が暗号で書き残した日記でその名を残したという不思議な人です。彼について日本語で書かれた本は沢山はないので買い求めた次第です。
真ん中の写真はオックスフォードサーカスの地下鉄の駅がある交差点です。写真の左側の歩道を向かって手前に、リージェント・ストリートをピカデリー方向に歩いて少し行き右に曲がると、ブランド物を売っている店の中に両替所があります。レートが良いことで有名なので、僕も時々利用していましたが、先日両替に行った時に、どうも最初から狙われていたようで、お金を誤魔化されて、アパートに帰って確認したらお金を何度数えても日本円にして二万円以上足りませんでした。前から変な噂は聞いていましたが、ボーッとしているように見えたのでしょうね。見事やられましたね。お金を失ったこと以上に気分の悪い、後味の悪いものですね、実際に被害に遭ってみると。昔の僕ならすぐに引き返して言い合いの喧嘩をしたと思います。確かにその日は怒っていましたが、こういう旅で重要なことはその日のうちに心を整理して次の日に持ち越さないことです。喧嘩をすればお金だけでなくエネルギーを浪費して、自分のリズムを見失ってしまいます。親しい友人に電話して、別の良い両替所を教えてもらい、次の日は友人には笑って話していました。むしろ、その事件を何かのメッセージとして解釈するようにしています。
肉体の疲労も心のわだかまりも次の日に持ち越さないこと、これが今の僕にはとても重要なことなのです。だから仕入れの旅では少々嫌なことや不愉快な思いをしても後から冷静に考えて、忘れるべきは忘れ、覚えておくべきは心に留めるようにしています。そうそう、人種差別に遭っても、そんなふうに処理しますね最近は。まあそれだけタフになったのかもしれませんが、、。いちいち凹んでいるようでは仕事になりませんから。