天使のカメオ・ブローチ

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天使のカメオ・ブローチ(4cmx5cm)、19世紀終わり頃の物でフレームは9金です。今回の仕入れで買いました。何となく気に入ってます。
先日『実践する神秘主義』(イヴリン・アンダーヒル 著、新教出版社)という本が読売新聞の書評で紹介されていたので早速街の書店に行って注文したのですが品切れで手に入らないとのことで仕方なくネットで取り寄せました。まだちゃんと読み始めてはいないのですがパラパラと捲り読みをしていると数ヶ所に『不可知の雲』という本についての言及があり、なるほどなるほど、と一人納得していました。というのもこの『不可知の雲』という本は14世紀にイギリスで書かれた物なのですが、作者不詳の霊的世界への手引書というちょっと変わった本で、僕はこの本を偶然にも青山の古書店に行ったときに見つけて買っているのです。この本の存在は知りませんでしたが、タイトルと本の雰囲気に惹かれて買ったのです。イヴリン・アンダーヒルのこの本を捲っていると(哲学者の)ウィリアム・ジェイムスのことも書かれていて僕自身の読書がやっと繋がりつつあるような気もしています。本当はそろそろもっと真面目に書いたり読んだりする時間を作らないといけないな、と最近思い始めています。自分の読書体験を深めていかないと気が付けば60才、70才とただ徒に老いていくばかりになるのでこの辺りで思い切ってそんな時間を作らなければと感じています。それと自分の人生が今までとは少し違った方向にシフト(移行)して来ている感覚、予感のようなものが自分の中にあるんですね。だからその感覚にしっかりと応えていかないといけないと思っています。今は自分はアンティークを仕事にしていますがそれだけに自分を限定してしまうのはイヤなんですね。だからというか読み書きが止められない止まらない。
知識欲とかそんなものでは全くなくて、今まで自分が経験したことのないような感覚域に自分を持ち込みたい、まあそんな感じですかね自分が望んでいるのは。

金彩のミニ・タンブラー

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小さな小さなタンブラー(4.8cm,3.4cm)、赤色に金彩。一見してボヘミアンにも見えますがイギリスの物です、19世紀後半。珍しいと言えば珍しいです。
前回このページでエズラ・パウンドの『詩学入門』を自分がやっと読めるようになったのは自分が文章を書くようになったから、と書きましたが、そう書いた夜にこの本をまたもや捲っている時に思い直したので訂正します。理由はどうもそれだけではなさそうで、今まで色んなものを読み続けて来て、それが自分の中で(いい加減ではありますが)有機的繋がりを持ち始めたこと、それとこの歳に至るまでの自分の人生経験(まあ知れてますがね)、その二つがこの極めてユニークな文学入門書を咀嚼するのに役立っているようです。つまり僕のような平凡な頭の者にはそれだけの回り道が必要だった訳です一冊の本を楽しめるようになるのに。
この本から引用したい箇所は沢山あるのですが、何せ翻訳がが古いので分かり辛い。僕も時々原書と翻訳を比べてみると誤訳とまでは言わないにしろ日本語の訳では原文の意味するところが十分に伝わっていない文が多々あったりしますし、とにかく訳し難い英語ではあります。文章の流れの中で読まないと分かり難いので、一部だけ取り出すのはよくないとは思いますが、ここにごく短い文を載せてみましょう。
「俗受けする文章のこつは、一般の読者が日常のだらけた注意力をまるっきり引き締めなくても舐めていける程度にしか、一ページに詰めこまないことである」(エズラ・パウンド『詩学入門』(P.84)より、沢崎順之助 訳)
では皆さん、お元気で。暑いですね毎日。お陰で日々ヒマです。

ローマ時代のネックレス

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ローマ時代のネックレスです。石はカーネリアンとアゲート(メノウ)、一世紀頃のもので、1920〜30年にアイルランドの貴族が所有していたらしいです。僕自身もこのような古代物に強く惹かれます、そうですね、古代物特有の物としての力強さに惹かれます。掌に包み込んで握りしめた時に伝わって来る強さが魅力です。古代物は本当に自分が惚れた物しか買わないと決めているので、売れても売れなくてもどちらでもいいのですが、やはり売れたほうが嬉しいかな。でも自分から離れていくのが少し淋しいかもしれませんね。
先日自宅で机についてアメリカの詩人、エズラ・パウンドの『詩学入門』をパラパラと適当に開いては読んでいました。多分三十年くらい前に買った本で余程気に入っていたのでしょうか原書(ABC of Reading)も持っていて、原書と翻訳を揃えて本棚に入れておいたのです。多分買ったのは20代の頃でそれから今までの間に何度開いて読もうとしたか分かりませんが何時読んでも今一つピンと来ず楽しめず、そんなことを多分数年に一度くらいの頻度で繰り返していたはず。先日この本を開いた時も恐らく数年振りのことだったと思うのですが、文章が染みるように自分の中に入り込み初めて楽しく読むことが出来たのです。とても示唆に富む本ですがあらゆる点で型破りの入門書で、一般的な文学入門書には程遠く反テキスト的テキストとでも言えばいいのでしょうか、この本をテキストに使って文学の授業を試みようとするならとても刺激的な授業になる代わりに凡庸な教師と学生には堪え難いものになるでしょう。何故自分は今ごろになってやっとこの本が楽しく読めたのか。理由は明白で、自分が文章を書き始めた数年前くらいから「読む・書く」という行為に対する自分なりの理解が深まったからだと思います。
ちなみにこの本、1979年に富山房から出版されているのですが今は絶版で、検索するとアマゾンで四千円以上の高値で古本が出ていました。こんな素晴らしい本が絶版とはいけません。こんな本は売れなくても再販されてもっとみんなが読めるように世に出回るべきだと強く強く思います。それが文化だと思います。エズラ・パウンドは詩人ですが生来の教育者でもあり学校を作ろうと試みていたらしいです。
世の中には沢山のお金を持った人がいるわけですが、そんな人とユニークで先見の明があり私心のない人が組んで面白い学校の一つ二つでも出来ればいいと思いますし、今の世の中に本当に必要とされているのは世の中からはみ出て落後しているように見える若者がもっと自由に学べる場だと思いますが、、。

白蝶貝のメモ帳

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イギリスでアンティークを仕入れている時に売り易い物ではないけれど、その美しさと珍しさに惹かれてどうしても買わずにはいられない物がたまにあります。この白蝶貝のメモ帳が正にそれでした(H. 9,7cm W.6,8cm T. 1,8cm)。フランスの物で時代は1860〜80年だと思います。右側に差し込んであるペンを抜くと開けられるようになっています。白蝶貝の浮き彫りがとても深くて奇麗です。スペイン人のコレクターが集めていた物を譲ってもらいました。かなり裕福なご婦人が使っていたのでしょうね。ここまで来るとショーケースに入れて眺めているだけで十分に美しいです。僕も今までにこれに似たような物は見たことがありません。かなり珍しい物ですね。
イギリスに比べると少ないですが、日本の地方の街を旅することがたまにあります。始めての街に降り立ちそこの駅で簡単な地図を貰い、歩きながらそれに自分が訪れたところの情報などを書き込んでいく。僕が必ず行くのは喫茶店と古本屋、そしてバー。昔四国の松山に行った時もいいバーが中々見つからず、どうせ検索したところでロクなところは上位には出て来ないので、繁華街を片っ端から歩いていい「臭い」のするバーを見つけたのを覚えています。趣味性の高い店ほど検索で見つけるのは難しいですし、大人が行く店ほどお客さんはネットに書き込んだりしませんから、いい店ほど意外と情報がなかったりします。金沢にある知る人ぞ知る高級バーも、あるときネットで「金沢のバーランキング」なるものを見つけたのですがその高級バーは名前すら載ってませんでした。それと楽しいのは地元の新聞を買って読むこと、当たり前ですが地方の新聞にはそこの地域性や特徴がよく現れていて楽しいです。前も長野に行って新聞をコンビニで買うと店員さんがレジで『シンマイですね、、』と言うので、えっ新米?と一瞬驚きながらも、その呼び名が信濃毎日新聞の短縮であると気付くのに一秒。そっか、シンマイなんだここでは。ちょっとした発見。それから、美容室のウィンドーを覗いてカットの代金がいくらか見たり、不動産屋でワンルームマンションの賃貸の値段などを眺めては色々と想像するのも楽しいです。
まあ要するにその地方の日常、普通の生活が覗ける場所を訪れるのが楽しいんです。何十年もやっている喫茶店に入り常連のお客さんの何気ない噂話などを聞いてないふりしてメモしたり。少し前にも訪れた街で古い喫茶店に入ると70くらいの写真館の経営者のオヤジさんと60くらいの教授が話していて、最初は街の歯医者は何処がいいかを話していたのが、歯は抜くのがいいか抜かないのがいいか、に話題が移り、70オヤジが、どうせさ色々やったてさ最後は抜くんだからそれだったらいっそ最初からパッと抜いたほうがすっきりするよ、と言いながら今度はある歯科医の子供の話しになり、70オヤジが、あそこはさ息子も娘も別々に歯医者やってっけどさ、両方とも独身でさ、息子は二回結婚して二回別れて独身だからさ、、なんて言ってるのをソッポ向いてパイプ吸いながらしっかり漏らさず聞いてる自分。それからそのオヤジさんが如何にヌードを撮るのが難しいか、を話し始め、シノヤマキシンなんかはさ、あれは素人に毛が生えたくらいのもんだけどなんせモデルがいいからよ、オレが昔撮ったようなモデルとは全然違うからな、技術じゃなくてモデルなんだ、結局、なんて話している。
このオジさん他にも色々な有名カメラマンを俎上に載せてはこき下ろしていた(でも、土門拳は褒めていた)ので、よっぽど割って入って、最近アラーキーも逆風吹いてて大変ですよね、なんて僕が言ったらオヤジが君は誰が好きなのなんて訊いて来て、そうですね、、Don McCullen もいいですし、Mary Ellen Mark なんかも好きですよ、、なんて言っている自分を空想しながらもやはり無言のままそこを退散したのでした。

古いマグカップ?

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イギリス19世紀初頭の磁器のカップ、この形の物は恐らく最初からソーサー(受け皿)がありません。マグカップと書きましたが、真ん中の物でも縦横共に7cmもありませんのでかなり小振りです。この時代の筒形のカップが好きなのでそんなに売れないけれど何時もイギリスで見つけると買い足しております。これも今回仕入れた物です、現在お店が仕入れた物に溢れて混沌状態なので、ホームページに掲載された物がご来店時に見当たらない場合はお尋ね下さい。売れている場合もありますが大体何処かに隠れていたりするので。
最近本を買うときの判断基準の一つが自分の部屋に置きたいかどうか、と言うこと。僕が所有している本の大半は店の二階に有り、そのうち今の自分にとって大切と思える物だけを選んで800〜900冊程度の本と画集を自分の部屋の本棚に並べています。自分が物を考えたりする上で大切な本、自分にとって大切な作家、研究者の本(大体物故者が多い)、何時か読もうと思いながらまだ読めずにいる名作、大作だけを選んで本棚に収めています。本は読むために買うと言うより、それを手元においていて何時でも好きな時に手に取れる為に買っている、まあつまり読む可能性に備えて手元に置いておく。でも要らない本、有っても無くても良いようなその程度の本は一冊でも増やしたくない。夜中に本棚の中から一冊を選び机に着いて少し読む、また別の本を取り出して読んだり眺めたり、それらはどれも命を削るようにして書かれた重たい本ばかり。そのうち暗い部屋の中でこれらの本全体から発せられていると感じる威圧感に自分は少し恍惚とすると同時に、自分にはこんな素晴らしいものは到底書けないと思う安心感のようなものを感じる。数日前も夜中に昔買った『グレン・グールド発言集』(みすず書房)を書棚から取り出して適当にページを開き読む。彼が何故コンサートでピアノを弾くことを止めたかが書いてあり、彼は聴衆と言うものが嫌いだったらしい。その逆のタイプの演奏家としてルビンシュタインが挙げられていて納得する。
先日も少し迷った後に『テクニウム』(みすず書房)という本を買い、これがこの本棚に仲間入りした最近の本だ、テクノロジーに関する本なのだが、その中に「アーミッシュのハッカー」と言うタイトルの章がありそのタイトルに自分はとても惹かれたのだ。「アーミッシュ」と「ハッカー」が結びついているなんてそれだけでもう十分な刺激です。
「みすず書房」はとても良い本を沢山出していて僕も結構買ってはいるのだが、お値段のほうがもう少し安くなってくれると嬉しいのですがね。ちょっとした本でも高級フレンチのランチぐらいのお値段しますからね。まあランチは食べれば胃袋に消える訳でそれよりは有効なお金の使い方かもしれませんが、、。