デルフトの花器

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ちょっと変わったオランダ・デルフトの花器です(L. 17,8 cm× W. 9,4 cm × H. 11,4cm)。19世紀後半頃のものでしょう。写真からお分かりのように壁に掛けることも出来ます。これにチューリップでも活けたのでしょうか。数年前にイギリスで仕入れました。意外とバラなんかもいけそうな気もします。アザミとかはどうでしょう。それともちょっとふざけて一本ずつ別の花を活けるのも面白いかもしれません。鉛筆立てにもなるかもしれません。色鉛筆もいけるかも。箸立てはちょっとシュールですね。歯ブラシはどうかな、、。
明け方に見る夢、一度目が覚めてから二度寝のときに見る夢は(僕の場合)何か予知めいたものに感じられるときが多々あり、夢に出て来た人に電話してみたり、お店であれば久しぶりに出掛けてみたりして、夢の予感に割と素直に従うようにしています。半年程前のこと、暫くご無沙汰だった喫茶店に夢の中で車を運転して行っているのですが、その喫茶店近くの裏路地を曲がり切れずにぶつかりそうになる夢をやはり朝方に見て、何となくその午前中に夢に見た喫茶店に行ってみました。何時もならケーキが沢山並んでいるショーケースががらんと空いていて、おかしいな、と思いながらカウンターの席に着くとその店の方が、実はこれこれしかじかの事情でお店を閉じることになり塩井さんにも連絡しなければと思っておりました、と仰るのです。街の外れの裏路地で長い間営まれていたケーキとコーヒーのお店で、特にそこの娘さんが作るケーキはとても美味しいので有名でした。確かその日はまだケーキが少しだけあってその日に頂いたのが「最後のケーキ」となりました。
その喫茶店のように、金沢で僕が好きだった小さな良いお店がこの一二年で数軒無くなりました。どの店も他の店に置き換えることの出来ない独特の魅力を備えた場所で、常連の方に静かに惜しまれながらこの街から消えていきました。今新幹線ブームで湧くこの金沢の陰でこうやって実はとても金沢らしいお店がなくなっています。「金沢らしさ」をさり気ない形で備え、街の魅力を支えてくれていたお店です。それらは必ずしもガイドブックに載っているわけでもなく、お店の閉店が新聞記事になるわけでもなく、本当に静かに消えていくのですが、こうやって「金沢らしさ」がみんなの知らない間に薄まっていくわけです。きっと今から五年、十年経った頃にその希薄さが顕在化してきて、あれっ何か違うぞ、となるのだと思います。「金沢らしさ」が薄まっている、と言う表現がもし違うなら、「金沢らしさ」が段々と絵に描いたような分かり易いものになっているとも言えるかもしれません。
当たり前のことですが、無くなった場所にはもう二度と行くことは出来ないです。
時代が変わる、というのはこういうことかもしれませんがとても残念です。
去年行った長野の松本は街の雰囲気が新幹線以前の金沢の様で何処か懐かしい感じがしました・・。

Coalport(コールポート)のトリオ

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イギリス、コールポートのトリオ、1810〜20年の物です。少し金彩が落ちていますが全体的にはいい状態です。この時代のトリオはソーサーが一つに、カップが二つ。コーヒーのときと紅茶のときで使い分けていたようです。華やかなカップですが、フランスの華やかさとはやはり何処か違いますね。イギリス的です。
僕たちで発行している冊子、「そらあるき」の新しい号がもうすぐ発行で最後の調整中です。後少しで出来上がるのですが、思わぬところで問題が発生して、昨日今日と多少イライラしていました。気を落ち着けるのに近くのコーヒー専門店にコーヒーを飲みに行こうと思いながら、何時も持ち歩いている手提げからブローティガンのエッセー集(Revenge of the lawn)を出して読み始めました。未読のものを探して一つ二つ読みました。彼の文章を読むと「癒される」という表現は使いたくないのですが、何というか、彼のエッセーを読んでいると、あぁ自分はホントつまらないことでイライラしているんだな、と自分の卑小さ俗物的価値観を間接的に見せつけられるようで、何となく楽になります。彼が何か特別なことを言っている訳では全然ないのですが、彼の視点、言葉の紡ぎかたが、自己撞着している自分を解放してくれるのです。とても意外な言葉が互いに繋がれているだけでも、本当にハッとします。彼の言葉は僕を何処かへと連れ出してくれるのです。今の僕にとってこんな作家は彼だけかな、多分。
僕はイギリス英語をミドルクラスの発音で喋るくせに、外国の作家で好きなのはイギリスではなく何時もアメリカなのです。カポーティ、ポール・ボールズ、エリザベス・ハードウィック、ブローティガン、、。だからブローティガンを声に出して読むときも、彼がきっと嫌ったであろうミドルクラスのイギリス英語の発音で、ちょっとスノブ(snob)な感じになる訳です。もし彼が横に居たらとても嫌がられ、侮蔑の表情で僕を眺めたことでしょう、そんな読み方は止めてくれと。でも、僕のほうもちょっとひねくれていて決して上品とは言えないアメリカの作家を敢えてイギリス英語の発音で読むことを何処か楽しんでいる節がある、いや楽しんでいる。悪趣味ですかね、自分は。

指輪 その2

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前回に続いて指輪です。左から、18金とプラチナにダイヤ、およそ百年くらい前の物。真ん中と右はそんなに古くありません、’60年代頃の物。どちらも地金は9金、所謂ピンクゴールド。真ん中はシェル・カメオ、右はダイヤ。
大分前から物語のようなものを書いています。「ビル」というタイトルで、最初原稿用紙で70枚くらい書いて、出来が悪いな、とその後感じたので、全部書き直したら長くなって、原稿用紙130枚くらいになって、一応完成。近いうちに最後の推敲を行い、それが終わったら、パソコンで清書してコピーして綴じて、原価で売ろうと思っています。何処かの文学関係のところに応募して、何て気持ちはゼロ。それで今は僕が通っていた変わった飲み屋「ガロア」を舞台にして書いております。70枚近く書きましたが全然終わりません。
「ビル」はロンドンで知り合いのアンティーク・ディーラー、Bill をモデルにして書いたのです。ある日ビルのところに女の子がやって来て石 (Blood stone) をビルのもとに置いていく。その石を手にしてから、ビルの生活は暗いほうへと引き摺られていく。商いはさっぱり、昔の女が自分のところに転がり込んで来て、眠り続けて起きない、ビル自身は同じ夢に悩まされ続ける・・。
これ、確か去年の一月に書き始めた記憶があるのですが、商いさっぱりダメなビルを書き始めたら、それが僕にも移ったのか、その一月から三ヶ月、本当に死ぬ程売れなくて、毎夜書きながら、このままこれを書き続けたら僕が先に干上がるんじゃないかと真剣に悩みました。でも、止める訳にはいかない。そのうち、現実の生活が物語に引っ張られていたのが、少しずつ、区切りのつけかたというか、物語を書いた後にその残り香を断ち切る方法を何となく覚えて、四月頃からかな、何とか抜け出せました。いやぁ、でもその三ヶ月の苦しかったこと、毎晩思っていたことは、あぁ明日ももし売れなくてもめげたりせずに普通に元気でいよう、と自分に言い聞かせながら眠っていました。
書くようになって分かったことは、自分の体質がシャーマン体質というか、何かが乗り移るんですね。そんなに自覚はないですけど、どうもそのようです。あと、「言葉」というものに対して随分と考え方、思いが変わりました。言葉。そうですね、中々言い尽くせない不思議なもの。中々恐い生き物ですね。それと、読めない本が本当に増えました。自分にとって書くことがある特別なものになればなるほど、僕にとっては意味の無い、小説や評論等が増えていきます。それに前よりも他人の文章が透けて見える。
そうですね、僕の中のヒーローは、ブローティガン、徳田秋声、そして正岡子規。今のところそんな感じですかね・・。(三人とも全く似てませんが・・)

フェルメールの扱う指輪

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今日は久しぶりにイギリスの指輪を載せます。左から1920年頃の9金の指輪、周りにシードパールが付いている変わったデザイン。真ん中も1920年頃の9金の物、シェル・カメオです。顔の表情が素敵です。カメオの指輪はブローチに比べると少ないですね。右は18金にダイヤの指輪、1854年製のマークが入っています。この指輪は独特の雰囲気がありとても気に入っていますが、写真に撮ると分かり難いかもしれません、その雰囲気が。実際指にはめてみるとどこか不思議な美しさが浮き上がってきます。
フェルメールではそんなに値段の高い指輪は扱わないので、殆どが(ゴールドの物でも)数万円から十万円台前半の物。普通の生活のやり繰りの中で買えるような価格の物で、余り他では見掛けないようなデザインの物、個性的な指輪を揃えるようにしています。余り派手な物も個人的に好きではないので扱いません。まあ要するに、ドーンという感じの指輪。控えめなのが好きですので(僕の性格は少しも控え目ではないのに・・)。
「地味に変わっている」、「ありそうで無い」、この表現が僕の店の品揃えの傾向を上手く現しているかもしれません。人間も「地味だけれど変わっている」人がとても好きですね、どうだ俺は個性あるぞ〜、と言うのでなく、最初は一見普通に見えてじわじわと時間の経過と共にその変さが染みるように伝わって来る。いいですねそういう人、大好きです。自己主張しない個性、普通に振る舞っているのにふとした時に漏れ出てしまう言葉や仕草の面白さ、そんな雰囲気の人に惹かれます。人を押しのけるように主張するような個性は所詮、(飛躍に聞こえるかもしれませんが)市場原理主義の勝者の姿を何処か見せつけられているようで、なんかつまんないですね。と言うか、疲れます。そう感じる僕はひねているのでしょうか?
骨董(アンティーク)の面白さは市場原理主義から多少距離を置いたところで成立し得る(し得ていた)からだと思いますが、またこの話しは何時か日を改めて、、。

お気に入りのデッサン(続編)

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前回掲載したデッサンの写真が三枚に絞れなかったのでもう一回掲載させて頂きます。デッサンの詳細は前回の記事をご覧下さい。アップで見て頂けるとこの絵の素晴らしさを分かって頂けるかなと。
暑い季節になるとしたくなることが幾つかあります。
何処か遠い美術館、誰も行かないような美術館や寺に仏像か大和絵などを電車や路線バスを乗り継いで観に行く、何故か僕の記憶の中でそのようなことは夏と結びついています。
二十年以上前のある夏、奈良か何処かの古刹に有名な大和絵を観に行きました。確か新聞の日曜版の美術欄でその絵の小さな写真を目にして、行こうと思っていたのが切っ掛けだったと思います。暑い夏の日、電車とバスを乗り継ぎ、緑深い山の中を進んで、それから坂道を歩いてやっと古い寺に辿り着きますが、僕以外に人はいず、その有名な大和絵を観に来た由を告げると怪訝そうな小坊主が如何にも面倒くさそうに僕をやんわりと案内してくれました。春夏と秋冬で二枚あるその絵は確か、春夏の物が展示されていて、少なくとも室町くらいはありそうな古い木の痩せた長い廊下を歩いて離れの蔵のようなところに案内されました。小坊主は面倒くさそうに扉を解錠するとすぐに居なくなり、僕はその絵を前にしばしの間過ごします。長い間頭の中で膨らんだイメージが邪魔して実際の絵はどうも小さく見えて、期待を裏切られたような気持ちです。一人で絵を観終わり、中世の香り漂う木の渡り廊下を歩いていると、そこから見える小庭を二匹のトンボが薄羽を小さくそよぐように動かして近くを廻り飛んで互いを追いかけながら遊んでいます。まるで僕に話しかけてでもいるかのようにじっとそこから離れないのです。見詰めること暫し。絵のほうの思い出は殆ど残っていませんが、このときの二匹のトンボは今も記憶に残っています。トンボと言うことは夏も終わり頃だったのかも知れません。多分精神的に鬱屈した頃だったのでしょう。余計にトンボのことが今でも思い出されます。人間、辛いときほど目の前のものををしっかりと観ようとするものです。いや、辛いときに見たものほど記憶によく残っている、と書いたほうがいいかもしれません。
今年も夏の暑いうちに何処かに古いものを観に出掛けたいな、と思っています。
(別に鬱屈している訳ではありません、、)