ダイヤモンドの指輪

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今回仕入れたダイヤモンドの指輪、ローズカットのダイヤに18金のゴールド、バーミングハム、1908年製です。大きさは14号くらいなので男性でも女性でもいけますね。とてもカッコいい指輪です。似合うならば自分でしたいくらいです。個人的にとてもお気に入りの指輪です。
僕の店の近くにローソンがあります。そこは夜の12時から翌朝の7時まで閉まります。そのことと関係があるかは分かりませんが、店員さんに感じのいい人が多く、経営されているご夫婦もとても良い人です。そのコンビニにもう5年くらい前ですかねちょっと変わった中国人の女性が働いてました。金沢の大学に留学してバイトをしていたのですが、僕が朝そのローソンに新聞を買いに行くと、レジでお金を払うときにその子が新聞の一面の見出しの時事問題を指差して、これについてどう思いますか、と訊いてきたりするのです。丸顔のぽちゃっとした女の子でしたが言うことが中々はっきりして面白い子でしたが、大学院に受からず帰国しましたね。
僕は四角四面のそつも無ければ面白味のないただ売るためだけの接客が嫌いです。例えば(実際にあったことですが)僕がポール・スミスに服を買いに行ってコートか何かを試着してみると、どうもイマイチで、僕が、もうちょっと手脚が長かったら似合うんだけどね、と言うと、いえ、とてもお似合いです、と決まりきったセールス文句を言われても、まあ信じませんよね。グッと心に響かない。
それから要らないものを勧めてくる店員さんも苦手です。野菜屋でも古くなったのをはかせたいのか矢鱈に勧めてきたり。
まあ簡単に言うと、僕は自分の言葉で話してくれる店員さんが好きみたいです、マニュアル言葉でなく自分の言葉で物について語れる人がいいですね。後、何でもかんでもイイデスよ、と言わずに多少のマイナス面も含めてきちんと説明できる人。誠実さですかね売り手としての。
それとお店の人の自然な笑顔なんかもいいですよね、営業笑顔でなく。僕が時々行く郊外の中華料理屋を営む中国人のご夫婦の笑顔、特にご主人の笑顔が素敵なんです。どんなに忙しくて疲れていても破顔の笑みで迎えてくれるんです。偉いな、と思います。僕のような甘ちゃんには到底無理ですね。鍛われかたと人格が彼には到底及びません。
今度お客さんが入ってきたら満面の笑みで迎えて、いらっしゃいませステキなアンティーク沢山ありますよ、と明るく陽気にいきましょうかね。

フランスのタンブラー

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フランスのカット・タンブラー(8.2cm x 7,1cm 、7,7cm x 6,5cm)、恐らく1800年頃、上端の部分が白く見えるのは金彩の剥がれた跡です、小さなチップもそれぞれに一つ位あります。いい加減な業者なら
オールド・バカラだよ、と適当なことを言って高く売るでしょう。ガラスの色はややグレーがかってますし、持った感じは軽いです。なにせ薄いのでストレートでお酒を飲むのに向いてます。
昨日から金子文子の自伝を読んでいます。大逆罪で捕まり天皇からの恩赦を受けず、若干23歳で獄中で縊死した女性が獄中で綴った伝記です。とても凄いものを読んでいますね、読みながら止められません、書くとは何なのかどういうことなのか、文学とは何なのか、そんな根源的ところから自分が知っていると思い込んでいたものが揺さぶられる強力な力がこの本にはあります。22歳でこのような本を獄中で書いてしまう、そして恩赦を拒み縊死する、何と言う烈しさでしょう。その激烈さは読んでいても圧倒されてしまい、だから読むのを止められないのです。まだ一気に100ページばかり読んだところですが、忘れられない本になりそうですね。
高校の教科書から文学的内容の読み物が大きく減らされるそうです。もっと実用的な文章に重きを置くそうです。中島敦の短編なんかは消える訳ですね。文科省はバカですね。と言うか、国民が馬鹿にされてるのかも知れません、どうせオマエラ頭悪いんだから色々余計なこと考えずにタダハタラケ、と言うことでしょうか。そう、文学って余計なんですよね、無くてもいい、コース料理で言えばメインディシュでなくてデザートなんですね。もうデザートなんか食べるな、ただ栄養だけを取れ摂取しろ、と言うことですかね。まあ国民から想像力を奪うための作戦の一つですかね、文学禁止策も。

ピンクのワイングラス

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ピンク色のワイングラス(13,4cm x 7,1cm)、イギリス製、1900年頃の物。ガラス生地もとても良いです。形状と色からしてシャンパンやロゼのスパークリングなんかも良いかも知れませんね。日本酒もいけるでしょう。全部で4客です。
先日行きつけのカフェに行くのに街を歩いていたら、知り合いの外国人女性にバッタリ会いました。ちょっと変わった人で僕は気が合うのです。立ち話をしているときに彼女が耳に小さな丸いガラスのイヤリングをしているので、これ何、と訊くと、あぁこれね、これフリン、えっ、フリンって、、、あぁ違う、フウリンね風鈴、と言うので僕は続けて、フリンはアレでしょ、ほらあれよ不倫、マズい奴よ、と言い二人で大笑い。また話をそれから続けてると何故か金沢の話しになり、僕が、僕はほら金沢が嫌いだから、と言うと彼女は、ナンデワタシニソンナコトイウ、と返してから、流石の僕でも言わないような言葉で金沢のことを罵倒し始める。おそらく彼女は結婚してこの街に住んでいる筈なのだが、茶道もやればこの街を訪れる留学生をホームステイさせたり地元のサッカーチームのヴォランティアを買って出たりで、僕よりもはるかにこの街としっかり関わっている。その彼女の罵倒の言葉と街との関わりかたは矛盾しているように思うかもしれないが、僕には彼女のその矛盾が良く分かるのだ。僕の言動も同じく矛盾しているから。いや矛盾ではなく外からは矛盾に見えるだけのこと、なんです。
先日買った俳人、西東三鬼 著「神戸・続神戸」(新潮文庫)をほぼ読了。誠に楽しい読書でした。その直前に「女たちのテロル」(ブレイディみかこ 著)を買い読み始めたものの、その彼女が使う言葉の下品さ、と言うか酷さにうんざりさせられていたので良い口直しとなりました。因みにこの「女たちの・・」、装丁も酷く、岩波もこんなものを作る時代が来たんだな、とただ唖然。
西東三鬼、いいですよ!お勧めします。

デザインの良い指輪

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指輪を二つ、両方ともに9金です、左の物はエメラルドにアメジスト、右は恐らくガラスのカメオです。左は余り古くないです、数十年前の物、所謂ヴィンテージ(便利な言葉ですね)、右は百年ほど前の物。共にリングの大きさは12〜13号です。ご興味おありの方はご来店下さい(そう言えば最近誰も来ません、人気無いのかも)。
何度もこのホームページでも呟いてますが、僕は過度の便利さが嫌いです。何故かと言う理由は幾つかありますが、過度の便利は人から想像力を奪うから。ネットばかりやってると間違いなく確実に想像力が減退する、と言うかそのことにすら気付かない。よく新聞とか雑誌で著名な文芸評論家が寄稿してますが、そう言う視点からは余り書いたりしませんね。過度の利便性の中で言葉が死んでいく。言葉というものの根源から始めて文芸を語る姿勢はないように感じます。
昔、大学に在籍していた頃、僕が唯一貰った「優」の評価の授業が哲学、現象学(メルロ・ポンティ)でしたが、その先生のゼミ形式の授業が中々刺激的でした。彼がその日の朝に妻と交わした何気ない会話を例に取り、そこから哲学的考察が始まったりして今でも心に何と無く残ってます。彼がある時こう言ったんです、僕は武田泰淳が死んだ後はもう文学作品は読みません、彼が死んでもう文学は終わったと思う、言葉は少し違うかもしれませんがそんなことを仰ってました。それに倣って言えば、中上健次が死んだ辺りから、もう作家なんてものはこの日本からは消えたのかな、と。先日彼のインタヴューを集めた本を摘み読みしているときに改めてそう思いました。僕は中上健次の特に熱心な読者ではないですが、それでも彼は矢張り別格の存在でしたね。そう思います。同じ日にフランソワ・チャンと言う在仏の小説家の小説を読んでいましたが、何処かウソ臭くて、100ページも行かないうちに止まってしまいました。なんかね、彼は頭で書いてるんですよ。シラケますわ読んでて。いや、とても上手に読ませるんですよ。でもね、何となくウソを感じるんです。ポーズですね、イヤらしいんです。それを読んだ後にたまたま中上健次の本を捲ったんですよ、本物のふりをしたフェイクの後に本物を読んでスッキリした訳です。
僕はワザトラシイものは嫌いですし、やはり良くないと思いますし、そんなものを受け入れてはいけないと思います。

ケルトのお守り?

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今回仕入れた物の中でも変わった一品です。5〜6世紀頃のスカンジナビアの物(3.4cm x 2.4cm)で、小石の表面にケルト模様が彫られています。何かお守りのような物だったのでしょうか、よく分かりません。スコットランド北部の人が所有していたらしいです。掌に握った感じが良く、とても惹かれますね。何の役にも立ちませんがとても魅力的です。
出来ることならこんな役にも立ちそうにない物だけを数点店に並べて西洋骨董点をやってみたいものです。まるで、つげ義春さんの名作漫画「無能の人」の主人公のように。まあ僕のような俗世人には到底無理ですが。昔、金沢大学で英語を教えていたイギリス人女性に日本語を教えるのにこの漫画をテキストに使ったことがあるのですが、英語に訳すとなると内容が難しくて手こずったのを記憶しています。老荘思想だの韜晦趣味だの、そんなのが色々と出て来ますからね。そのイギリス人のお父様がケンブリッジ大学の高名な数学者で一度だけランチに招かれてケンブリッジ近郊のご自宅に行ったものの、この僕に共通の話題を探し出すのは困難なことで、厳格な数学者である紳士と話すことも少なく、大きな窓の向こうに見える庭に餌を啄ばみに降りて来る鳥達をただ見ながらお茶を濁していた記憶があります。
そもそも西洋人には「無能」ということを肯定的に捉えて理解するのは難しいと思います。西洋にも隠者の思想はありますが、特に近代以降のヨーロッパはそんな人間の有り様をかなぐり捨てた感がありますよね。その金沢に居た彼女はケンブリッジ大学を出た後にイギリスの刑務所で詩作を教えたりしていた人、今頃はイギリスの何処かの大学で教えてるはず。まあもう「無能の人」は忘れてるかもしれませんが。